

ここ数日は夜になってから涼しく感じます。
確実に秋は近づいて来ています。
本日もまた、雑誌の記事でとても興味深いものがあったので紹介します。
ヨーロッパの国、スイスについてです。
少し長くなるかも・・、興味のある方はどうぞ!


スイスは、周辺をドイツ、フランス、イタリアという大国と、オーストリア、リヒテンシュタインに囲まれています。
国土の大きさは九州より少し小さめ、そして言語において一風変わった文化が形成されていることは、ダニーママは知らなかった〜。
まず、スイスには自国語というものが存在しません。
公用語は周辺諸国の、ドイツ語、フランス語、イタリア語、そしてロマンシュ語の四言語が定められています。
スイス国民の四分の三がドイツ語話者、五分の一がフランス語、そしてイタリア語は1割、ロマンシュ語は0.5〜1%程度なのだそうです。
ロマンシュ語においては、スイス南東部のアルプス北山麓の渓谷地などきわめて限られた土地でしか使用されておらず、
2010年ごろには絶滅の危機にあるといわれているそうです。
言語にも絶滅の危機があるのですね。
大きくドイツ語圏とフランス語圏の二大言語圏に分かれるのですが、
ドイツ語圏をGermanic Swiss(ゲルマン・スイス)
フランス語圏をLatin Swiss(ラテン・スイス)と呼びます。
その、ゲルマン・スイスと、ラテン・スイスの対比記事が面白かったです。
まず、ラテン・スイス。
レマン湖からジュラ山脈に沿って広がる、スイス西部のいくつかの州によって形成されています。
古くからフランスに対する親和感の強かった地域で、スイス時計産業の基礎が築かれた場所です。
レマン湖の対岸には美しいフランスの街、エビアンが見渡せ、古くからフランスとの交流が盛んでした。
「フランス語圏」を親しみを込めて、スイス・ロマンドと呼ぶ人も多く、陽気でおおらかなゆったりとした気質です。
レマン湖半の文教都市ローザンヌ郊外には、あのオードリー・ヘップバーンが
晩年を過ごした村トロシュナがあります。
ヘップバーンのお墓ローザンヌ地域のスイス人の話すフランス語はかなり標準語に近いフランス語のようです。
しかし、パリあたりの早口のフランス語に比べると、いささかテンポがゆっくりしていて、少々まどろっこしいところもるとか。
また面白いことに、フランス語系のスイスの新聞には、フランスで起きた事件が、
まるでスイス国内のビッグニュースのように大きく扱われるそうです。
そういうところにもフランスへの親和感がうかがわれます。
ローザンヌの街一方、ドイツ語圏のゲルマン・スイス。
ゲルマン・スイスの人たちとドイツ人との関係は、
ラテン・スイスとフランス人との関係と対照的です。
ゲルマン・スイスの人たちには、言語や文化においてドイツ人に近づこうとする習慣は無く、
ビジネス以外で話題を共有することは稀なのだそうです。
ゲルマン・スイスの中心地はチューリヒ。スイスは世界に名だたる金融大国。
その、金融・銀行の心臓部がチューリヒです。
チューリッヒこの地域の公用語であるスイス・ドイツ語には、独特の抑揚があり、
ドイツ人ですら理解に苦しむことがあるそうです。
また、スイス・ドイツ語は話し言葉はあっても、書き言葉がないといわれるそうです。
地域ごとの「語圏」のなかだけで生活する限り、その語圏以外の言葉を使う必要は
ほとんど無いけれども、
各地域が併存していくためには公用できる第一外国語の教育というのは、重要な意味を持つと考えられます。
つまり、スイス人の共通語ですね。
近年、ゲルマン・スイスの人達の小学校3年生から教えられる第一外国語は、
それまでのフランス語から英語にかわりつつあるそうです。
一方、ラテン・スイスの人達の第一外国語はドイツ語。
要するに、ゲルマン・スイスの人達は妖しげな(?)ドイツ語を主に、第二に英語を使い、
ラテン・スイスの人達はフランス語を主に、第二にドイツ語を使うわけです。
う〜ん、なにか複雑ですね。どうやってコミュニケーションとるの?
こういった、「言語教育戦争」は大陸にはよくあることなんでしょうか?
同じ国内で地域により公用語が違うというのは、私たち日本人にはなかなか理解しがたい文化だと思うと同時に、とても興味をひかれました。
そんなラテン・スイスと、ゲルマン・スイスですが、
衣食住に関しては共通することも。
ラテン系のフランス人は「食」に、イタリア人は「衣」にお金をかけると言われますが、スイス人は、ラテン・スイスにしても、ゲルマン・スイスにしても「食」や「衣」には驚くほど質素であるそうです。
しかし、「住」に関しては贅沢と快適性を追及しています。
壁が厚く天井が高い頑丈な住まいは、庶民が暮らすアパートでも同様です。
また、ゲルマン・スイスの「住」へのこだわりはラテン・スイスよりも徹底していて、
扉や窓の造作は重厚で、その差は一目瞭然なのだそうです。
重厚な住まいには必ず用意されているスペースがあります。
ふだんはランドリーや倉庫として使用されています。
それは、以下室。・・・そうです、核戦争や化学戦争を想定しての核シェルターなのです。
1970年代にスイス政府はすべての住宅に核シェルターの建設を義務付けました。
建築資金は各州政府より融資が受けられ、全国民の8割が非難できる態勢が整っているそうです。
これらの記事をよんで、小さな国スイスに今までとは違った印象を持つようになりました。
ダニーママは数年前にチューリヒ、ルツェルンを訪れましたが、
スイスはドイツ語・・・くらいの知識しかありませんでした。
ルツェルン外国に限らず、訪れる地域のことを知っているのと知らないのとでは、
旅の楽しみが全然違ってきますね。
これからは事前に勉強しておこうと強く思いました。
Thank you for your reading.
最後までお読みくださった方、ありがとうございました。